1872年、政府は「来る12月3日を太陽暦の明治6年1月1日とする」と発表しました。

それまで太陰太陽暦ですべてが動いていたのに、わずか23日後から暦が変わることになり、

その混乱ぶりは想像以上のものだったようです

それ以後の日本は太陽暦を採用する諸外国との足並みを揃えることになり、

文明国家の仲間入りを広く世界にアピールすることができました

あわせて、もうひとつの意義として、明治維新以後、逼迫していた政府財政の回復効果を狙ったという説

もあります(閏月を含む2ヶ月分の人件費の削減)。※全国団扇扇子カレンダー協議会HP参照

 

立川志の輔さんの落語の演目に「質屋暦」というのがあります

その当時の内容を面白おかしく演じています

ぜひお聞きください

さあ今日も頑張りましょう

ではでは